研究内容

本研究室は,社会・制度・需要の変化に適応する電力・エネルギーシステムを,定量的に設計することを目指しています。再生可能エネルギーの大量導入,電化の進展,需要家側資源の普及によって複雑化する電力システムを対象に,数理最適化,データサイエンス,シミュレーション,数理モデリングを基盤として,制御・運用・意思決定支援の方法論を研究しています。

研究ビジョン

これまでの電力・エネルギーシステムは,大規模電源と送配電設備を中心とする比較的明確な構造のもとで運用されてきました。しかし近年は,再生可能エネルギーの変動性,分散型電源の増加,電化による需要構造の変化,制度設計の見直しなどが同時に進み,システム全体の不確実性が高まっています。

こうした状況では,汎用的な理論やアルゴリズムをそのまま適用するだけでは十分ではありません。同じ技術であっても,地域の資源条件,系統制約,需要特性,制度環境,社会的要請によって,望ましい導入形態や運用方法は変わります。重要なのは,普遍的な方法論を現場の文脈に合わせて翻訳し,実行可能な選択肢として提示することです。

本研究室では,短期の制御・需給運用から,中長期の設備投資評価・制度評価までを一体的に捉えます。キーワードは「不確実性」「マルチタイムスケール」です。将来を完全に予測するのではなく,不確実な条件のもとでも機能する運用手法や,複数の時間スケールをまたいで整合的に評価できる分析基盤の構築を目指しています。

私たちが目指すのは,人の判断を置き換えることではありません。技術,経済,制度,社会のあいだにあるトレードオフを定量的に可視化し,より納得性の高い意思決定を支えることです。電力システムを社会技術システムとして捉え,地域や制度の違いに適応できる研究と実装につなげていきます。

研究プロジェクト

本研究室では,このビジョンを具体化するために,需要家側資源の制御,広域的な需給・経済シミュレーション,再生可能エネルギー資源の評価,発電プラントの数理モデリングという4つの柱で研究を進めています。短期運用から中長期評価までをつなぎ,現実のエネルギー意思決定に使える知見とツールを生み出すことを重視しています。

ローカルフレキシビリティの最適運用手法の開発

電力システムの柔軟性を高めるうえで,需要家側に存在する多様なエネルギー機器の活用はますます重要になっています。家庭用機器,蓄熱・蓄電設備,ポンプ設備などを適切に制御できれば,需要ピークの抑制,再生可能エネルギー出力抑制の回避,系統制約への対応などに役立てることができます。こうした需要家側の調整資源を,本研究室ではローカルフレキシビリティ(Local frexibility)として捉えています。

ローカルフレキシビリティの活用には,需要家のサービス水準を損なわないこと,配電網・送電網の物理的制約を満たすこと,多数の機器を同時に扱えることが求められます。そこで本研究室では,需要家側機器のエネルギーマネジメントモデルの構築,配電網制約を踏まえた分散型最適制御手法の開発,大規模な調整資源を束ねて運用するためのシミュレーション技術の研究に取り組んでいます。

分散型資源を単なる個別機器としてではなく,系統運用に貢献する実効的な調整力として位置づけることで,脱炭素化と安定供給を両立する新しい運用方法を明らかにすることを目指しています。

関連するグラント

  • 2024年度東電記念財団研究助成(基礎研究)「需要家資源を活用した配電網の電圧・電力潮流管理手法の創出」,実施期間:2025年4月~2028年3月
  • 2023年度八洲環境技術振興財団研究助成「需要家側機器の確率的オンライン型制御手法の創出」,実施期間:2024年4月~2025年3月

プロジェクトの成果

  • 根岸信太郎:「低圧配電系統におけるHEMSと連携した最適潮流計算の交互方向乗数法による分散解法」,電気学会電力系統技術研究会資料,PSE-26-010 (2026)
  • 永野亨一,根岸信太郎:「調整力を考慮した需要家機器のアグリゲーション制御計画作成手法」,電気学会電力系統技術研究会資料,PSE-26-002 (2026)
  • 永野亨一,根岸信太郎:「ヒートポンプ給湯機の確率的経済モデル予測制御手法に関する基礎検討」,電気学会電力系統技術研究会資料,PSE-24-010 (2024)
  • S. Negishi, and T. Ikegami: “Robust Scheduling for Water Pumping in Water Distribution System under Uncertainty of Activating Regulation Reserves,” Energies, 14(2), 302 (2021)
  • 根岸信太郎,池上貴志:「電力系統への周波数調整力の提供を行う上水道送水ポンプの最適運用計画手法」,電気学会論文誌B,Vol.139,No.12,pp.757-766 (2019)

電力需給のディスパッチシミュレーションによる電力経済分析

カーボンニュートラルの実現に向けて,再生可能エネルギー,蓄電池,需要家側資源など,さまざまな技術の導入が進められています。しかし,どの技術を,どの規模で,どの時点で導入することが望ましいのかは,自明ではありません。導入効果を評価するためには,1時間単位の需給運用から,季節変動,年間評価,長期的な設備構成までを見通せる分析が必要です。

本研究室では,長期的なエネルギーミックス最適化モデルと,広域的な電力需給解析・ディスパッチシミュレーションモデルの開発を進めています。前者では,CO2削減目標,設備投資,技術制約などを踏まえて将来の望ましい設備構成を評価し,後者では,個別電源や各種リソースの運用を時間ごとに模擬することで,運用面・経済面の効果を定量化します。

これらのモデルを用いることで,再生可能エネルギー導入目標,燃料価格,需要電化,制度変更など,さまざまなシナリオの比較が可能になります。研究室では,最適化アルゴリズムやモデリング方法の改良に加え,政策立案や事業戦略にも資する定量的なシナリオ分析に取り組んでいます。

関連するグラント

  • 神奈川大学2025年度カーボンニュートラル等研究プロジェクト「地域特性を考慮したカーボンニュートラル化を支援するエネルギー需給分析ツールの開発」,実施期間:2025年9月~2029年3月

プロジェクトの成果

  • N. Yumae, S. Negishi, and M. Noto: “Energy-mix Optimization including Technology Selection of Battery Energy Storage System,” Proceedings of The International Conference on Electrical Engineering 2024 (ICEE2024), O-099 (2024)
  • Y. Akimoto, S. Negishi, and T. Ikegami: “Evaluation of Effect of Providing Balancing Reserves to Power System in Japan Through Operational Control of Water Pumps,” Energy Reports, 11, pp.3424-3435 (2024) [Elsevier]
  • S. Negishi: “A Study of Long-term Energy-mix Optimization Model: A Case Study in Japan,” Proceedings pf The International Conference on Electrical Engineering 2022 (ICEE2022), 1-0150 (2022) [arXiv]
  • S. Negishi, K. Kimura, I. Suzuki, and T. Ikegami: “Cross-regional power supply-demand analysis model based on clustered unit commitment,” Electrical Engineering in Japan, 215(1), e23368 (2022)

洋上風力発電の発電出力推計

洋上風力発電は,日本の脱炭素化を支える有力な電源として期待されています。一方で,その価値は単に設備容量だけで決まるものではなく,どこで,どのような出力パターンを持ち,系統全体にどのような変動をもたらすかによって大きく変わります。したがって,導入ポテンシャルの評価には,空間的・時間的な特性を踏まえた精緻な出力推計が不可欠です。

そこで本研究室では,気象データ(GPV)や地理情報システム(GIS)を活用し,日本近海における洋上風力発電の広域的な出力プロファイルと変動特性を推計する研究を進めています。これにより,適地評価,系統接続の検討,蓄電池や調整力の必要量評価などにつながる基盤データを整備し,地域条件に応じた導入・運用戦略の検討に貢献します。

プロジェクトの成果

  • 軽込健吾,根岸信太郎:「地理情報システムを用いた浮体式洋上風力発電の発電出力推計」,令和6年電気学会電力・エネルギー部門大会,P60,大阪公立大学,2024年9月
  • 根岸信太郎:「局地客観解析データを用いた風力発電出力の時系列推定手法の精度検証」,電気学会電力技術/電力系統技術/半導体電力変換合同研究会資料,PE-23-067,PSE-23-006,SPC-23-123 (2023)

再生可能エネルギー発電プラントの数理モデリング

再生可能エネルギー発電は,同じ技術であっても,設置場所,気象条件,利用形態,関連設備との組み合わせによって,最適な設計と運用のあり方が大きく変わります。したがって,実装可能性の高い提案を行うためには,個々の発電プラントや利用環境を適切に表現できる数理モデルが必要です。

本研究室では,利用環境と発電設備の特性を結びつける数理モデリングを通じて,再生可能エネルギープラントの設計・運用手法を研究しています。現在は,透明電池を活用した営農型太陽光発電や宇宙太陽光発電などを対象に,発電出力や経済性を評価できるモデルの構築を進めています。新しい技術概念を現実的な導入条件のもとで評価することで,将来の選択肢を具体化することを目指しています。

関連するグラント

  • 神奈川大学分野横断型研究推進事業「営農サンルーフ型/ビル窓用透明太陽電池の実用化検証研究(研究代表者:松木伸行准教授)」,実施期間:2024年4月~2027年3月

プロジェクトの成果

  • 西田隼人,根岸信太郎:「宇宙太陽光発電システムのコスト評価に基づく導入可能性の検討」,令和5年電気学会電力・エネルギー部門大会,P78,愛知工業大学,2023年9月